2013-01-27 03:17 | カテゴリ:Hulu

自分は今敏作品が好きで、結構見ているんですが

パプリカは、DVDになって1回みて

なんかそれからずっとみていなかったので

Huluでみてみたんですが

まぁ年をとったからなのか、2度目の視聴だったからなのかはわかりませんが

今回みたほうが、内容がよくわかりました。

1回目の視聴は、インパクトだけってかんじだったからなぁ。



んで、パプリカって夢を題材にしたアニメだったりするので

夢って誰でもみたことがあると思います。

寝ているときにみる夢ですね。

子供も大人もみんなみたことがありますよね。

でも、

夢にだって経験がある

わけですよ。


子供のほうが夢を見る回数が多いかもしれませんが

大人になって、今日みた夢を振り返ったりすることが多いわけで

結局子供からしたら

「怖い夢をみた」

とか

「いいところで目が覚めてしまった」

みたいなことぐらいを思うだけで、夢への経験が浅いわけです。


このパプリカってアニメは基本内容も小難しいわけで

しかもその現実の常識みたいなものだけではなく

夢への経験

みたいなものも、ある程度ないと楽しめないと思います。

そういう点では、人を選ぶ作品だと思いますね。


自分的には、パプリカはいまいちだと思いました。

それがなぜかというと、キャラクターがどうも輝かないというか

どうもアニメ絵っていうの?

その絵にこだわった作品であり

キャラクターの魅力みたいなものがいまいちでていなかった気がします。


ストーリー的にもそれほど楽しいわけではなく

単にそのインパクトのある絵と言葉みたいなものだけが

印象に残っていたというか

まぁこのパプリカの一番良かった点は

平沢進の白虎野の娘

だと思います。音楽ですね。

自分も今敏×平沢進のコラボは好きなんで

CDをほんと久しぶりに購入しました。

平沢進CD

とまぁ、そんな感じでパプリカで一番よかったのは

平沢進の白虎野の娘

であり、そのアニメ的ものは

別に悪くはなかったんですが

そこまで絶賛するところもなかった気がします。


夢ってたしかになんでもありですよ。

夢って見るたびに、いるところが違うわけで

その自分も若かったり、今の自分だったり

過去のことだったり、未来のことだったりしますよね。

たまに夢でみたことが、その後の人生で

「あれ?これ以前に夢でこんなところみたなぁ」

ってこともありますよね。


その夢というものの、なんでもありでありながら

よくありがちなことが、このパプリカでは表現されていたりするんですが

夢ってまぁたしかになんでもありながら

一応道理は通っているというか

なんかよくわからない理由のことでも

それにしたがったりするわけで

別に夢の中の自分は、夢だからなんでもできるというわけでもなく

夢の中でも無力だったりするわけですよね。


怖い夢みたいなものもあるわけで

夢の中で、自分の生命の危険があったりもするわけで

起きたときに夢のせいで汗をかいていることもあるわけで

やっぱり夢というのは、表現しきれないものだと思います。


このパプリカっていうのは、先ほども書きましたけど

夢への経験もある程度必要とされるアニメ

だと思います。

つまり、どんなにリアルでいろいろ勉強をしても

夢への経験がないと楽しめないっていうかな

そういうアニメだったと思います。


だから、なんていうか、そういう夢について考えることっていうの?

なんだかんだで、夢について考えるとか

くだらないことだと思うようになるわけですけど

そういう夢を楽しむ人だっているわけですよね。


てふてふでしたっけ?胡蝶の夢だっけか。

まぁ別にそういうわけではなくて

現実はやっぱり現実ですよ。

夢は夢でしかないと思います。


でも、夢って自分しかみていないはずなのに

いろいろ夢について話していると

人間って夢の内容には傾向っていうの?

そういうものがあるものなんじゃないかと思います。


だからパプリカをみていて思ったのは

まぁたしかにそういうこともあるよなぁ・・・

なんてことを思いました。


パプリカの場面で、夢の中で

とある男性の手が、体の中に侵入してくるんですよ。

それって、たしかに現実では説明がつかないんですが

夢なら、そういうこともあるっていうの?


自分は結構なんかそういう夢をみたりするんですよね。

特に多いのが、男性の急所を

なんかおもいっきりにぎりつぶされる夢をみるんですよね。

んで、「うぎゃー」みたいな感じになって目が覚めるわけなんですけど。

でも、そんなものでしょ?

あれ?自分だけかな。

でも、怖い夢って変なロボットに襲われる夢とか

なんかよくわからないけど、銃で撃たれたりするような夢とかでしょ?


ま、そういう夢への経験っていうの?

リアルでいくら博識でも

夢への経験は別物だと思います。


でも、このパプリカは少なくともリアルで博識であることが最低条件で

さらに夢への経験を必要とされているアニメだと思います。

それは別にいいんですけど

そんな感じでも、楽しめないっていうかな。


夢を再現されるっていうのは

気持ち悪いものというか

夢というのは、再現しないほうがいいものなんじゃないかと思います。

なぜなら

自分で見る夢より迫力のあるものは無理

だと思いますから。

夢ってなんだかんだで自分がその場面にいるわけで

自分がいるからこそ迫力があるのだと思います。

だから、他人の夢を見れたとしても

そこに自分がいなかったのだとしたらイマイチだと思います。


このパプリカでも、いろいろな人の夢が展開されますけど

それはあくまでパプリカというアニメの登場人物の夢であって

パプリカを視聴している人は、そこには存在しないわけで

そう考えると、夢というものにはかなわないと思いました。




今敏




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今敏監督は亡くなってしまったわけで

自分としてはかなりショックでした。

今敏監督の作品は、万人に受けるわけではないと思います。

でも、それは

宮崎駿監督の作品も同じことだろ?


宮崎駿の作品は難しいだろ。

少なくとも小さな子供には楽しめない作品が多いと思います。

それはとなりのトトロにもいえることだと思います。

まぁそれは子供は30分アニメに慣れているから

長編アニメになると集中力が続かないからかもしれませんけど

宮崎駿のアニメってどうみても大人向けだと思いますけどね。


今敏作品って子供には意味不明なものが多いわけで

千年女優とかになると、ほんとつまらないと思います。

でも、大人になると楽しめるわけではないんですが

そういうくだらないことに夢中になれる余裕っていうの?


子供のほうがくだらないことをして遊んでいると思ったりしますけど

大人になると、そういうどうでもいいことでも

興味を示したりする余裕がでるっていうかな。

今敏作品ってそういうところがあったと思うんですが

このパプリカってアニメは、どちらかというと

子供のほうが、その絵のインパクトで楽しめるというか

内容は意味不明でも

「あのシーンがおもしろかったよねぇ」

みたいな感じになれるアニメだったかもしれません。


そういう点では、今敏作品も転機を迎えていたというか

今敏作品って絵の迫力とかには

あまりこだわっていないと思うんですよ。

人間の人生みたいなものをうまく描き出しているような感じっていうの?

そういうのが多かったと思いますけど

今回のパプリカは、絵にこだわっているというか

今敏が声優として参加している点をみても

なんかよくあるアニメっていうの?

そういうものに、侵食され始めていた気がします。

それがいいのか悪いのかはよくわかりませんが

自分が今敏作品に魅力を感じたのは

他の映画アニメないオリジナリティー

が新鮮というか、今敏作品が好きだという自分に酔っていたからだと思うので

他のアニメ映画と似たり寄ったりみたいな感じになってしまうのなら

それはちょっと困ってしまうというか

そんなところはあったかもしれません。


今敏監督がもし生きていて

その後もアニメ映画を作っていたのなら

まぁ宮崎駿みたいな感じに

ある程度多くの人に認められた監督になっていたと思いますよ。


狼子供の雨と雪だっけ?

その監督とか、最近は結構有名になっていますけど

今のその監督ぐらいの知名度は得ることができたんじゃないかなぁ・・・

と思うんですけど、やっぱり人を選ぶ作品というか

人を選ぶ作品を作り出すのが今敏監督のアニメ映画だと思っているので

まぁもう亡くなってしまったわけで

そういうことをいってもどうにもならないんですけどね。


でも、まぁ今敏監督みたいな作品を作る人は

もうでてこないと思うというか

いい意味で今敏監督っていっちゃっていたと思いますから。

ほんともう今敏監督の新作が見れないというのはショックというか

自分の楽しみがなくなってしまった感があります。



2013-01-26 03:36 | カテゴリ:思想

前回の記事では

学校とか時間の無駄だった

という記事を書いたわけですけど

じゃあ自分がこれまで生きてきて尊敬に値するものってなに?

というのを書いていこうと思います。


【前回の記事はこちら】

学校って必要か?


やっぱり一番は親でしょう。

こればかりは、はずせません。

なにが尊敬に値するのかといえば

こんな馬鹿な男をここまで育ててきた

こともそうなんですけど、親の人生を考えたら

よくやったと思いますよ。


特に父親なんですけど、自分は父親の子供ですから

父親の血を受け継いでいるので

父親がどういう人なのかはなんとなくわかっていたりします。


でさぁ、父親と自分が似ているのだとしたのなら

父親が一時期出稼ぎに出ていたんですよね。

当時はバブル時期でしたから、出稼ぎにいって

お金が腐るほど振ってきたみたいなことをいっていましたけど

それでも、出稼ぎに行くという行為は父親には大変苦痛だったと思います。


オヤジはいっていましたよ。

出張して、なんども迷子になったって・・・。

自分も極度の方向音痴で、かなりやばかったりするわけで

そんな感じのオヤジが見知らぬ土地に働きにいったというのは

とてもすごいことだと思いました。

でも、そうするしかなかったわけですよ。

子供がいたというか、自分がいたからですね。

だから親は偉大だと思います。

今度親に10万やっておきます。


で、これもうちょっと書かせてもらいますけど

若い人は親孝行は別にしなくていい

と思います。

自分も、今でも親と喧嘩みたいなことをして

親に腹がたったりすることもあります。

だから、他の人も親と仲が悪いという人もいると思いますし

絶対そういう家族間での喧嘩というのはあると思います。


だから、若いうちは無理して親孝行しなくてもいいと思います。

なぜなら、親は死にはしないでしょ。

若いのなら、まだ親もそれなりの若さでしょうから

焦る必要はないと思います。


でも、年を重ねたのなら

それだけ親の死が近くなるわけです。

それを考えたら、ある程度年齢が上の人は

親孝行をしないと手遅れになる

ことになります。


これは、一発勝負ですよ。

親が死んでから、親孝行をするとかできませんよ。

親が死ぬ前にしか、親孝行はできないわけです。


交通事故みたいなものですよ。

交通事故にあってから、車に気をつけても遅いわけです。

交通事故にあったら、死んじゃうこともあるわけで

たしかに軽い怪我ですむのなら、チャンスはありますけど

そういう一発勝負みたいなものなんですよ。


だから、親孝行というのは親がいなくなったら無理ですし

交通事故みたいなものも、事故にあってあの世にいったら

交通事故に注意するっていうのも無理な話なわけです。


人間たいていのことは

ミスをしても再びチャンスがくる

ようになっています。

でも、一度やってしまったら、もう取り返しがつかないこともあるわけで

それこそ本当に怖いことなんですよ。


たしかに親が他界することや

交通事故にあったりするのは

滅多にないことだと思います。

でも滅多にないことですが、一度やってしまうと

もうどうにもできないわけで

親孝行というのは、そろそろやっていかないと

自分的に一生後悔するみたいな感じなんで

そこらへんはまぁ今後がんばっていきたいです。


で、親を尊敬しているっていうのはこんな感じで

じゃあ、他にだれを尊敬しているのかといえば・・・

まぁ自分に関わった人とか

そりゃー、大切ですよね。

これはみんな共通していると思います。

自分と基本他の人って価値観が違うと思いますが

友人を大切にする

って人は多いのでは?


これさぁ、うちの姉がそうだったんですよ。

おもしろいことに、家族よりも友達を信用するっていうのが姉でした。

だから、まぁひどいことになってしまいましたけど

家族はぼろぼろになりましたけど、別にそれを

根に持っているのは自分だけ

みたいなので、やっぱりそういう点でも自分の親はいい人だと思いますよ。


話をもどして、友人を大切にするっていうのは

なんかよくわかりませんが、そういう人ってよくいますよね。

たしかに自分に優しくしてくれる人は大事です。

そういう人は大切にしましょう。

自分は悲しいことに、そういう友人を結構ないがしろにしたために

いまのところ友人が0になっている感じです。

いや、まじで。

もちろん連絡とか取れる友人はいるんですけど

遠くの友人ですし、別にこれといって話すこともないというか

「こっちに来たらメシでもいくべー」

しか話題がないので、そういう点では身近な友人を大事にすべきでしょうね。

これはまぁあれだ。

たしかにこういうのももっと早く気づくべきでした。

友人って別にいなくなっても、またすぐできるものだと思っていたというか

友人の価値っていうの?そういうのを自分は軽視しすぎました。

まぁたしかに自分によくしてくれた友人に

もっといろいろ尽くしてやればよかったなぁ

と思ったりしますけど、その当時の自分は若かったし

うらまれていなければいいと思っています。


でも、なんで若い人って

家族より友人を重視する

人が多いんでしょうね。それも学校のせいだと思いますよ。

なぜなら学校って、家族は無力なんですよ。

学校の中で家族は無力でしょ。

学校の中で助けてくれる存在は友人でしかないわけで

学校ですごす時間が長くなれば

そりゃー友人を重視する人が多くなるわけで

ほんと学校って有害な施設だわー。

ま、友人を大切にするっていうのはいいことだと思いますけど

学校のせいで、家族をないがしろにする人が増えるのなら

それはどうかと思いますねぇ。


で、他に尊敬に値する人というのは

まぁあとはてきとうなんですけど

がんばっている人

でしょうかね。

最近の世の中は

みんな楽をしようとしている

わけで、そういう思想をみせられると

こちらも楽したくなりますし、がんばる気力がなくなります。


でも、今の世の中って地味に努力が認められる世の中なわけで

まぁ学校ではほとんど運ですよ。

なぜなら、学校では評価する教師というがクズというか

見る目がないからですよ。

どんなに努力しても、その努力を教師が察することはないというか

教師もたんなる素人ですよ。

素人がそんなするどい目を持てというほうが無理なわけで

なんか運要素が強くなっちゃうんですよね。

スポーツとかも、努力というより才能じゃん。

たしかにある程度努力で上にはいけますが

それ以上に才能がある人がうえにいく世の中なんですよね。

学校って・・・。

まぁそういう点で、やっぱり学校って有害というか

学校のせいで、みんな楽しようとするようになるんじゃないかと思ったり・・・。


話をもどして、今の時代

がんばる人は貴重

だと思います。

あぁ、テレビでがんばっているみたいな感じの人は

あんなのはぜんぜんだめですよ。

きどっているだけですから。


自分の目でがんばっているのを目撃したときだけ

その人を評価します。


つまり、自分はその人ががんばっているのを

この目で目撃していないのなら

どんなにすごい人でも評価しません。


だから、どんなにスポーツ選手がすごい記録をだしても

その人のいろいろながんばっている姿をみていないのなら

そういう人は評価しなかったりします。


だから、自分が評価する人ってほとんどいないですよ。

がんばっている人はいるのでしょうけど

自分の目には飛び込んできませんからね・・・。

そういう点で、自分自身毎日がんばっていたりすると

自分を誇り高く思ったりして

こんな変な性格になったりするのかもしれませんね。


でもさぁ、やっぱり

まだまだ運が重視の世の中

だと思いますよ。

自分がメイプルストーリーを嫌ったのは

この「がんばる」というのがあまりにも軽視されていたからです。

みんなどうやって楽をしようか考えているというか

みんな楽して上にいこうとするっていうの?

そういう人ばかりで、なんか人間として駄目になってしまいそうで

自分自身怖かったというか

なんかそんなふうに自分もなっていたわけで

自分自身に嫌気がさしたっていうかな・・・。

そんな感じです。

まぁゲームなんて、どうやって効率をだすかを楽しむものでしょうから

しょうがないことだと思うんですが

いくらなんでも限度ってものがあったと思いますしね。


だから、まぁそんなところかな。

まとめると、尊敬に値するのは

・親

・自分によくしてくれた友人

・がんばっている人(自分がこの目で確認)


この3つかな。


一番悔しいのは

がんばっているのに評価されないこと

っていうの?

自分もがんばっていたのに評価されなかったこととかたくさんあります。

いまでもそうですよ。

がんばっているのに、成果がでなかったりすることはあります。

でも、それは自分だけではないというのがわかるというか

他にもがんばっているのに評価されていない人がいるわけです。

でもそういう人は

文句ひとついわずにがんばり続けている

というか、がんばっていると思っていないというかな・・・

「がんばっているのに評価されない」と嘆いたりしない

わけですよ。

そんな人がいるのなら、こちとらそんな少しがんばったぐらいで

文句を垂れるのも格好悪いですよね。

そういう点で、がんばっている人は

まったく関わりがない人でも、自分の支えになってくれたりしています。


基本

「がんばっているのに、ぜんぜんうまくいかない」

と嘆く人は、がんばりが足りないのだと思います。

特にこういうサイト作成でよく思うんですが

もしサイトがうまく回らないのなら

自分以上にがんばってはじめて、そういう不満をいうことができると思います。


1日1記事毎日更新で不満をいうのはおかしいと思います。

1日2記事毎日更新で不満をいうのも微妙なところではないでしょうか。

だって、現にそういう人がいるかもしれないじゃないですか。

実際毎日更新している人なんて結構な数いるのでは?


たしかにぜんぜん更新していないのに

やたら訪問者が多い人もいますから

そういう人と比べたら、がんばっていると思います。

でも、下をみて自分ががんばっているというのは格好悪いと思います。

自分よりがんばっている人がいるのなら

嘆くことはできないと思うんですよね。

まぁ、別に嘆いてもいいんですけど。

そういうことを思いますね。




やる気なやる夫




人間たしかに才能っていうの?

運の要素っていうの?そういうのはありますよ。


どんなに自分ががんばっても

超人気ブロガーみたいな人には

どうやっても訪問者がそのブログより多くなることはないかもしれません。


でも、それなりにがんばれば

そこまですごいところまでたどり着けないとしても

ある程度のところまではいけるわけですし

認めてくれる人だってでてくるわけですよね。


だから最近は

結果がでないのならそれは自分のがんばりが足りないから

だと思うようになりました。

そして実際のところ

まだまだがんばれただろ?

と、自分自身もっとがんばることができたと思ったりしているので

なんかそんなものだと思います。


たしかに

楽して成功している人をみるとがんばるのが馬鹿らしくなる

のはわかります。

でも、そんな楽して成功している人は

自分は認めません!

だから、どうしたって感じですけど

自分はやっぱりがんばっている人を尊敬しますし

そんな感じです。


まぁ他の人はどうしても

がんばっている人より、成功者を尊敬する

ようですけど、別にそれが悪いとは思いませんが

自分は才能や運よりも、やっぱりがんばった人を評価したいですね。

それゆえに、最近は本当に人を評価することって少なくなりました。


またメイプルブログの話題にもどりますけど

当時自分がメイプルブログをやっていたときって

自分よりブログの更新をがんばっていた人っていなかったと思います。

なんつーか、そういうところありますよね。

自分のブログは優れているといっている人に限って

更新しないというか

「記事の質がー、キジノシツガー」

って言っている人っていうの?

でも、そういう人を評価するのがメイプル民だったわけで

そりゃー、なんかもう、あれだ。

でも、なんだかんだでそういうことを知れたのも

メイプルストーリーのおかげだったのかもしれません。

自分も当時は、結構そのおかげで楽していたところもあったと思いますから。

自分もメイプルブログというジャンルでは

楽していたというか、運があった一人だったと思いますね。

いや、がんばっていたので、なるようにしてなったともいえるのかもしれませんが

なんか思うんですけど、評価されない可能性も十分あったと思います。

なぜならなんどもいっていますけど

メイプル民からしたら

「記事の質がー、キジノシツガー」

って人を評価するわけで、よく更新する人は

あまり評価されなかったりするんですよねぇ。



2013-01-25 23:45 | カテゴリ:思想

学校って必要か?

いや、Huluでパプリカをみて

その感想でも書こうと思ったんですけど

その前にちょっと

学校って必要か?

というのを熱く語りたいです。


あー、このブログはたしかメイプルブログだったので

このブログで

メイプルをやって時間を損した

とか書いたことも多々あったと思いますが

それ以上に

学校が時間の損

だったと断言できます。

メイプルなんて学校と比べれば有意義な時間でしたし

時間の無駄的なところもありましたけど

かわいいものでしたよ。


でもさ、学校って中学校までが義務教育なわけで

高校からは自由なわけです。

そういう点では

いやならくるなよ

っていわれればそれまでなわけで

悪いのは自分だったと思います。

そういう点では、親を恨んでいたりもするんですけどね。


そういう点では、親が自営業とかやっていて

そういう家業をつぐから

高校にいかなくてもいいみたいな家の人はうらやましいですね。

いや、これは学校いかなければよかったと

学校にいってそう思っているわけで

高校などにいかなかったら、そういうことを思わなかったわけで

結局どうにもならなかったのかもしれません。


学校に行っていなかったのなら

今よりもっとひどかったかもしれませんし

死んでいたかもしれませんし。


でも、やっぱり時間の無駄っていうかな。

よく生徒が屁理屈で

「学校の授業がなんの役に立つの?」

みたいなことをいうじゃないですか。

たしかにそのとおりですよ。

なんの役にも立ちません。

役に立つのは家庭科ぐらいじゃないか?

いや、まじで。

家庭科の時間を7割にして

他の強化すべてを残りの3割ぐらいにしたのなら

学校も有意義だったかもしれませんけど

そんな学校さらにいきたくねぇ。


自分は別に学校の成績とか普通より上のほうだったと思います。

友達はまぁこんな性格だったので、少なかったですけど

深く仲のよかった友達とかもいたわけですけど

まぁなんか不満とかくさるほどあって

満足できることが特になかった気がします。

つーかさぁ。

学校って絶対変なヤツいるだろ。

自分が男子だからなのか知りませんが

なんか変なヤツがいるわけですよ。

いや、そういう変な人はどうでもいいんですけど

学校って時間の無駄遣いというか

ほんとすごいたくさんの授業を受けたのに

ほとんどが役にたっていないだろ・・・


1日1日をほんと無駄に過ごしたというか

そういうことを思ってしょうがないです。


メイプルストーリーなんてかわいいものですよ。

だってメイプルストーリーはいろいろ習得させてくれたわけです。

文字を書いたり、ネット民の性格みたいなものとか・・・

まぁそんなことをいったら、学校も変なやつがいるということを教えてくれたというか

自分もおそらく他の人からみたら変なやつって感じだと思いますが

無害な変なやつ

でしょ?

学校では

有害な変なやつ

とかいて、そういう人と付き合わないといけないっていうの?

まぁそれが学校の狙いなのかもしれませんが

いやーなやつともグループ行動しないといけないみたいなところがあるというか

まぁそんな感じですよ。


いや、そういうのは別にいいんですが

やっぱり時間の使い方が限られているっていうの?

それが腹が立ちました。


だって、学校ってやること少なすぎて

恋愛とかしかやることなくね?


あほかと・・・。

恋愛にあこがれて恋愛しているんじゃなくて

恋愛ぐらいしかすることないから恋愛しているんだと・・・


まじで、学校行っている年齢って

やることが限られているから

なんか、そういう恋愛とか、くっだらないことしかやることないし

自分自身が能力を向上させたくても

学校にいるとできないところがあったと思います。


ほんと、学校って自由がないというか

そういうところがありました。


でもさぁ、やっぱり中学までなんですよ義務教育は。

そして中学だって義務教育だといっても

休むことはできるわけでしょ。


実際自分が中学とかほぼ休まないでいったり

高校も進学したのは、たしかにそれが普通だからという点もありますが

それ以上に

親を悲しませないため

ですよ。そういうものでしょ?


実際親とかいなかったのなら、自分は高校を行ったのかもわかりません。

単に今現在が、学校教育とかぜんぜん必要としない感じになっているから

そういう学校なんていかなくてもよかったと思っているかもしれませんし

今後学校行ったことが、生かされて恩恵があるのかもしれません。


でも、今現在は少なくとも

学校はいかなくてよかった

と思っています。

学校に行って一番よかったことというのは

学校にいかなくてもよかったということがわかったこと

かなぁ。

それがやっぱり大きいですよね。




なにをいまさら




これさ、こんなこといっているのなら

今というか、今後をがんばれよ

って感じなんですよ。


だって、いくら

学校にいかなければよかった

とか

メイプルストーリーとかやらなければよかった

とか言っても、もうどうにもならないんですから。


少なくとも今は、学校にも行っていませんし

メイプルストーリーもやっていないわけで

じゃあその理想な生活から、お前の才能をみせてみろ

って感じになっているわけですよね。


つーわけで

やってやるしかないでしょ

って感じです。


いやー、でもやっぱ自分の人生の中で

やらなくてもいいことナンバー1は学校かな。

2番目は、なんか知らないけど親が無理やり自分にスキーをやらせたことかな。

いや趣味でなんどかスキー場にいったぐらいなんですけど

自分は別にスキーとかやりたくなかったです。

たしかに風は気持ちよかったし

まぁ別にスキーは嫌いってわけでもないんですが

別にやらなくてもよかったような・・・。

つーか、オヤジはスキーやっていないでしょ。

なんか母と姉と自分がスキーやらされていたんですけど

もっと他にいい趣味なかったのかとつっこみたいです。

3番目がメイプルストーリーかな?

いや、メイプルストーリーって

結構有意義な時間だった

と思っています。

だから、なんか時間の無駄無駄行っていましたけど

実際のところメイプルストーリーより時間の無駄というか

やらなくてもよかったことって多い気がします。

むしろメイプルストーリーって

自分の人生でなくてはならない経験みたいなものだったような気がします。

メイプルをやっていたときは、時間の無駄を感じていましたけど

メイプルストーリーをやらなくなって1,2年ぐらいたつと

メイプルストーリーをやっていた経験が生かされているように感じますね。

具体的にはうまくいえないんですけど。


うーん、まぁ書き足りないんですが

こんなこと書いても、なにもいいこともないので

このぐらいにしておきます。


でも、やっぱり学校が一番必要なかったわ。

でも、たしかに学校に行かないと

自分自身の将来が不安になりますよねぇ。

でもさ、それは自分自身に自信がなかったからなわけで

なんでその頃の自分は

学校に行かないと将来やばいかもしれない

と思っていたのか・・・

自分自身をもっと信じられなかったのか、そこが悔やまれます。


結局人間、どんなにやばくなっても

根性をいれれば、道は開けます

から、まぁ根性あるのならどうにかなりますよ。

自分で道を開く根性がないのなら、学校に行っておくべきだと思いますね。

いや、普通に考えて、そんな根性入れる生活っていうの?

生きるか死ぬかの生活なんて望んでいないでしょうから

みんな学校にいきますよねぇ。


でも、なんていうの?

生きるか死ぬかの生活みたいなものをおくっているから

人生が充実しているというか

学校の時間がほんともったいなかったなぁ

なんてことをつくづく思ったりするわけで・・・

そういう生きるか死ぬかみたいなところで

気が狂いそうになるような状況っていうのも悪くないといったら

あー、やっぱり自分がちょっと変なんでしょうね。


でも、学校の自分はやっぱり死んでたわー。

学校の自分はなんか自分ではなかったわ。

自由がないというか、自分ではない自分が過ごしていたわー。

いまは少なくとも、自分の生活は自分の行動が左右されるっていうの?

そういうまぁ保障がないっていえばいいか

道をだれも示してくれないっていうの?

そういうのが不安でもありますけど、楽しいっていえるのは

まぁ少し現状が恵まれているからなんでしょうね。